「自分の可能性は自分次第」2度の留学から見えた道。法2/岡田 悠季さん

1060754_10201677700490000_361308829_n

岡田 悠季さん

簡単な経歴

京大法学部3回生。大阪府出身。国際法学研究会、MPI所属。2012年9月から2学期間フランス・パリ政治学院に留学。16歳から2年間イギリス、ウェールズにある全寮制の高校(UWC)に日本からの奨学生として留学した経験をもつ。

2度の留学を経て、先日帰国された岡田さんにお話を伺いました。「自分は特別でも、すごいわけでもない。」と語る彼女に、留学の意義、困難、それを通して感じたこと、そして見えてきた将来について、話していただきました。

閉鎖的で物足りない世界から、出てみたかった

高校時代の留学のきっかけは?

もともと留学はしたいと思ってたんです。関西では名の通る高校に行っていたから、周りは受験が当たり前、何の疑問もなくまあ医者になる、みたいな。自分が何になりたいかっていうことをちゃんと考えてる人がいなかった。そういうある意味、閉鎖的な世界に違和感があったんです。学校行事も真剣にやってたし、成績も悪くなかったから、普通に外から見たらうまくいっていたんだと思うけど、高2ぐらいに燃焼しきってすごく物足りない感みたいなのを感じていて。そこで留学しようと考え始めました。でも1年の留学だとなかなか現地の人と交わったりする機会も少ないし、高校生だから丁度英語がうまくなったぐらいに帰らなきゃいけないっていうのも先輩から聞いてたんです。で、そういう受験って何、なんで文系とか理系とかって決めるの、みたいな愚痴を周りにこぼしていたら、こんなんあるよって教えてくれた先生がいて、それが留学のきっかけでした。

調べてみると、2年で、寮生活で、しかも80か国ぐらいから生徒がやって来るっていう環境が自分の中ではすごく新鮮で。それまでずっと、私立の学校にずっと入れさせてもらって小学校から受験塾で皆大体知ってて中学に入っても、今度は大学受験のための塾でまた顔を合わして、ってある意味狭い環境で生きてきた鬱屈感みたいなのが晴れて、異様な期待感を覚えたんです。ここに行ったら、アフリカから、南米から奨学金もらってきてる子みたいに、自分とは全く違う環境で生きてきた人と会えるし一緒に生活できるから、経済的格差とか文化的相違とか関係なく、うわべだけじゃなくて本音でいろいろ学べることがあるんじゃないかって思いました。

当時の経験を聞かせてください

実際行ってみたら、その異様な期待は、語学ができず、コミュニケーションの仕方もわからない、というところで自信喪失して、まず初めの数か月でメッタメタに崩れました。行ってすぐはルームメイトが何言ってるかすらわかんなくて、帰りたい帰りたいと号泣して親に電話したりしていました笑。寮の皆も「あーまたゆき泣いちゃったよ。」って感じで。ほんとの初めの段階では単純に英語の問題だと思ってたし、実際聞き取れないっていうところで躓いてました。でもちゃんと生活できるようになって余裕が出てくると、実は英語、という語学の問題だけじゃなくて、コミュニケーションの取り方とか考え方の問題とか全部ひっくるめて知らないまま突っ込んだから、目の前に巨大な壁発生、正面衝突、自爆!みたいな感じだったんだってことに、気づきました。

1061168_10201677326200643_1503994304_n

初めは右も左もわからない状態だった私でも、やっぱり全て英語の環境にいると環境にも適応して、語学も上達して、色んな友達とちゃんと議論ができるようになって。2年間、寝るのも忘れて夜な夜な本当に色んな話をしたおかげで、自分って何?世界と自分の関係って?日本人として?若い世代として?っていうことをこの学校は考え続けるきっかけをくれたと思います。そういう意味では温かった関西での環境を出て、一度自分の未熟さ、無能さ、小ささを痛いほど知って、また自分を建て直すっていう経験は自分の人生の糧であり続けるだろうと思います。

大学でも留学に行こうと思ったのはなぜですか?

はじめは、そんなに考えてなかったんです。私は多分少し特殊で、周りと比べると早いタイミングの2回生の夏から留学に行ってます。入学当時に交換留学にいくとか、留学に行くっていうのは、そんなに具体的に描いていたわけではなかったです。でもイギリスから日本に帰ってきたからといって、日本からもう出たくないとは全然思っていなかったです。旅行とかインターンとかでは海外にまた行こうと思ってました。感覚として、なんだか説明しにくいですけど、自分が段々、「日本人」になってくんですよね。人との接し方とか人間関係の形成の仕方とか。それで、また海外に出るともちろん自分は日本人なんだけど、また違う日本人になるんです。そのズレの感覚が奇妙で、チューニング、みたいな感じで休みの時には国外に出かけようとは思っていました。

ただ、入学してすぐに、新歓ってあるじゃないですか。あの、「受験終わりました、はーい今から遊ぶぞ!楽園!」みたいな感覚にほんとについて行けなくて。私はもっと勉強もしっかりしたいし、自分が何をやりたいのかを見極めたくて、話をしたいと思っていたのに。みんなが何を考えているか知りたくて大学に入ったみたいなところがあったのに、新歓の1ヶ月で何だかがっかりして。このままここにいても多分強烈な刺激を得られないだろうなっていう悶々とした感じが1回生の初めにはありました。実際にそうじゃなくて、尊敬して止まない素晴らしい人たちも沢山いるってことには後に気づくのですが。そういう時に、入学式前後にあった留学の説明会を思い出したんです。それで、フランス語やりたいって思っていたのに加えて、英語圏は住んだこともあるし、パリ政治学院については、友達が進学していることもあって良い評判を聞いていたので、まあいけたらまた新しい発見があるかもしれないしっていうので出してみようと思ったんです。まあ初めは逃げみたいな部分も多分ありました。親にはまた行くの、と呆れられました。それから、法学部の授業で現代的な部分を扱っている授業はほとんどなくて、少なくとも1回生の時はとれなくて、2回生になってもあんまりないっていうのが分かっていた。で、そういうのに高校での留学での後半くらいから興味が出てきていたっていうのもあって、それらの分野にパリ政治学院は強いから、フランスに行ってそういう授業もとって、この先自分が日本にいたいのか外に出たいのかっていうのを見極めるにはちょうどいいかなって思って決めました。

行ってみて面白かったのはどんなことですか?

自国らしさをどうやって残すか、みたいな葛藤ですかね。フランスもアメリカが今や世界の中心っていうのを十分認識しています。だから真似をしながら、いいシステムを受け入れつつも、どう自国らしさを残していくかみたいな葛藤があるのを感じました。それを見ていて、ああ日本と似たような葛藤があるのだなあって感じました。9月入学(東大)とか、英語でする授業(京大)とか、日本での教育問題でも議論されているようなことと。

フランスだと、例えば私が行っていたパリ政治学院はグラン・ゼコールの1つであり、グラン・ゼコールというのは、その分野で即戦力として活躍できるような専門職業人を養成することが目標で設立された、既存のソルボンヌなどの総合大学とは別の教育システムです。もともとは理系のグラン・ゼコールがメインだったのですが、二次大戦後に大幅な改革を経て、パリ政治学院は、法、経済、特に経済の分野のエリートを育てことを目的として、作られ、実際に政界には多くの著名人を輩出しています。そして近年ではフランス語だけ喋れてもダメだっていう考えのもと、前の学長が大胆な改革をしました。英語の授業は必ず取らなきゃいけないし、3年目には全員留学しないといけない。だから常に正規学生の3分の1がいなくなって(undergraduateは3年制)、それと同程度の留学生を受け入れる、みたいな。だから留学生が珍しくなかった。また、アジアの官僚の人も何人かいました。日本からも。他にもアファーマティブアクションも取り入れて、パリ郊外のいわゆる移民地区から特区のような形で、優秀な人を積極的に受け入れたりしています。

1057911_10201677715850384_1873893568_n

それから、プレゼンの仕方にも特徴があります。プレゼンの方法論は、フランス独自の形式を貫こうとしている。アメリカのプレゼンだと、自分の主張をメインに持ってきて、残りは傍論っていうのでも、そこにクリエイティビティと伝えたいメッセージがあればいいっていう感じだと思うのですが、でもパリ政治学院で理想とされていたのは、やっぱり官僚を育てるっていうのがもとにあるのもあって、バランスの良いプレゼンテーションでした。ある一定のトピックについて今まで議論されてきた対立する立場をバランスよくプレゼンした後に、自分の意見を言わないといけない。自分がどちらかの立場だとしても、あなたは学生で権威でもないし、しかもそれを全く知らない人に説明しないといけないっていう状況を想定しなさい、と言われていました。だから、食い違っている意見の説明と自分の主張、それぞれ何分みたいなのを決められていて、与えられた時間の中で自分がどれだけ高いパフォーマンスを発揮できるかみたいな感じでした。先生たちも学生も、こういう自分たちのやり方については、アメリカとは異なる方法論だっていうことを意識してやっていました。アメリカの学生からは柔軟性にかけるやり方だっていう非難もあって、それも面白かったです。

プレゼンの嵐、前日は徹夜

留学中に大変だったことはありましたか?

時間の管理かな。特定のことで困ったというよりタイムマネジメントが1番大変でした。授業は履修可能なだけの授業を目いっぱいとっていたから、全部の課題をこなして、週末は遊びたいからできるだけ図書館に行きたくないし旅行にも行きたいしってなるとハードでした。とにかくプレゼンの量が半端ない。すべての授業にプレゼンがあるし、1個の授業で複数回しなきゃいけないものもありました。だからほぼ2週間に1回はプレゼンしてましたね。プレゼン本番もだけどそれよりその準備が大変で、内容も詰めて規則通りにしっかりやろうと思ったら結構大変だった。それに加えてエッセイとか他の課題も出てくるし。周りもフルで取ってる人が結構いたから、みんなおんなじようにプレゼンの嵐なんです。だからグループプレゼンだと打ち合わせをする時間がとれなくてさらに大変でした。どっちかっていうと学期の初めの方がタイムマネジメントしっかり気合い入れてするからうまく回っていて、後半の方が旅行いったりして、帰ってきて2日後に発表とかいうこともあって激しく忙しかったです。学期の初めに気を抜いてスケジュール組んだ友達とかは一週間に3個プレゼンで死んでる人もいました。でも、だから授業行きませんとか発表やめてくださいとか言う人は誰もいなかった。徹夜でやる。終わった後にちゃんと準備やっとけばよかったなと思うことはありましたよ、もちろん。終わった後にすぐディスカッションとかじゃなくて、先生から意地悪な質問が飛んで来たり。そういうのをされると、ああもっとリサーチして、勉強しなきゃなって。でも授業は、毎回色々な意見が出てきて非常に刺激的でした。

留学に際して、目標はありましたか?

1番は語学!フランス語やりたかった。でもやっぱりイギリスにいた時ほどは伸びなかったし、まだまだです。英語で授業を受けていたのもあって、使う機会が、街中にいる時と友達にフランス語で会話してもらってるときと、聴講してたフランス語の授業とかっていう風に限られていたから、イギリスにいた時とは触れてる時間が全然違ったんです。だから英語に比べるとまだまだ、タイムリーな話題とかディスカッションになるとやっぱりスラスラはできないです。英語と同程度できるようになりたいから続けて頑張りたいと思います。

歩まれてきた道、という枠を取って考えたかった

それから、進路について考えようっていうことも思っていました。日本の社会にずっといてそこで考えていると、日本の社会で歩まれてきた道を前提として考えるじゃないですか。法学部を出たら、官僚か法曹か就活か、、、みたいな。そういうとこから枠を取って考えたいなと思ったんです。学校の先生であっても同時に実務家でもある人が多くて、弁護士でバリバリやってる人とか国際機関で働いている人、フランスの防衛省で働いている官僚、他にも、私が履修していた授業の先生ではなかったのですが、映画監督の方など本当に様々なバックグラウンドの先生がいました。なので、彼らに色々話を聞いたり、こっちで日本人で働いている人とかにも積極的に話を聞きに行っていました。興味がある人なら自分から連絡取ったりすると意外にも会って下さるものです。学生の特権かもしれない。日本にいたらあんまり出会えないキャリアパスの人にも出会えて、これは本当に大きな財産になったと思います。

525723_10200748672744887_933362061_n

(講演に訪れたカルロス・ゴーン氏と)

でも、話を聞いて自分の将来について考えていくときに、自分が日本人っていうことを考慮に入れないといけないという問題は常につきまといました。パリで出会った方々の多くは、ヨーロッパの人として生きてるわけじゃないですか。だから、この人の生き方いいな、素晴らしいなって思っても、彼らと全く同じキャリアの選択が日本で可能なのかっていうのは別問題なわけです。実力があったら日本でも可能なのか、それともどうしても社会的な構造上の問題で無理なものなのか、それを自分で考えて見極めようとしていました。答えはでも出ないことの方が多いです。海外でずっと人生を生きていくっていう選択をするのか、やっぱり日本に帰ってきて日本でも働きたいから、それが可能な道を考えるのかとか。私の場合は日本でも働きたい、というのが今の現段階での結論です。多分ずっと考えていくことに意義があると思います。

留学して変わったことはありますか?

自分がやりたかったらやっぱり何でもできるなっていうのはすごい実感しました。自分のことを表現することに対して日本と比べると、という相対的なものだけど、やっぱり自由。全くためらわない。

同性婚が認められたのはちょうど私がパリに行っていた時期なんですが、その時ってデモがすごかったんですね。でも日本だと、マイノリティの方の人ってなかなか表に出てこないというか、見つけにくい。フランスではどちらの立場のデモも盛んにおこなわれていたし、彼らにとってそれを表明することに躊躇いがないんです。不思議に思われるかもしれませんが留学先の友人には、認めるっていう意見の人が多数派だったんですね。リベラルだったのかも。でも反対派の人ももちろん存在していて。「いや俺は反対」って普通に言える。すがすがしいぐらい。もちろんそこに議論はあるし、感情の張り合いみたいなのはあるけど、だからといってその人の全人格を否定するとか付き合いやめるとかそんなのは全然ない。2時間それに関して議論したとしても、その後はやっぱり分からないけど、と言って普通に戻るんです。

自分の可能性は自分次第、そんな考え方が好き

ほかにも、キャリアとか住みたい場所とかそういうのに関しても柔軟で新鮮な考え方の人に多く出会いました。自分はこれになりたい!っていうのがないとダメっていう風潮はない。わかんなーいって言っていろいろ探しててそれでいっかなーみたいな。自分がやりたいことやってたらいいかなーみたいな。日本みたいに、とりあえずまず就活しなきゃ!みたいなのはないんです。もちろん、優秀な人の多い学校であったから、というのは理由の一つではあるかもしれません。でも、「自分の可能性は自分次第でしょ、結局自分の人生なんだから」みたいなことをふんわり思っているのが好きですね。日本にいたら私も焦るし、これから社会人になるのって、(楽しそうだけど)辛そう、みたいな感じももちろんあって、すごくプレッシャーというかストレスの中で生きてるっていう感覚を持ちます。自分が思ったときに、自分が思ったように進む。もちろん個人の能力は必要だけど。誰かがやったことがないからといって、それはやったらあかんとか、危ないとかそういうこと言う人は全然いないなあって。向こう行ってそれを感じて、そんなに死ぬほど思いつめなくても、人生長いねんからまあいいんかなって思いました。

日本から出たくないと思ってる人に、留学してほしい

学生時代に留学することを勧めますか?

もちろん。できれば、日本から出たくないって思ってる人に行ってほしい笑

日本にずっと住んでたら、海外の人が日本をどんなふうに思ってるのか、自分が実はこんな人間なんだとかってわからない。自分が、自分と同じ年代の世界の若者と比べてなにが違うのかとか足りないのかとか、何を経験してこなかったのかを知ることって必要だと思うんです。短い期間だと中々それを真に知ることは難しいのかなと思いますが、今、その人たちが何を考えているのかとか、日本に興味を持っているのか、じゃあどこに、とかいうことを、一定程度の期間を共有して、実際に、実感して理解するっていうのは私にとってはすごく大きかったし、それはおそらく留学を経験した多くの人に当てはまることだと思います。もちろん個々の差があるから、旅行がダメっていうことじゃなくて、短期でせわしく複数都市回る、お得な(笑)日本的な旅行の仕方だと現実としてできにくいんかなって思うということです。

そして、そういう経験ってすごくライフチェンジングだと思うんです。そっから、やっぱり私はそれを通過点としてこれまで思ってきた道で日本で更に頑張るていうのもいいし、全く人生観が変わりましたってなって一回海外で頑張っちゃいますってなってもいいし。それは個人の自由。でもどちらにしても、留学というかそうやって人と出会うことは自分の人生に影響を与えてくれると思います。こんなこと考えたこともなかったとか、想像もできなかったっていう人に普通に出会えたりする。そういう意味で、留学は「語学力向上」以外にも色々な魅力があると思います。

「すごい」「自分には無理だ」ではない考え方

2回留学に行きましたけど、留学自体を振り返って自分がすごいことをしたとは全く思っていないです。私より凄い方々なんていーっぱいいらっしゃいます。沢山出会ってきて、つくづく自分はまだまだ何もできてないな、と思うことばっかりです。留学したからどうなのって思います。16歳から本当に有難いことに留学させてもらう機会をいただき、交換留学もたまたま選考に通ってラッキーにも行かせてもらって、その中で色々な人達に出会えた。普通に受験勉強していたら学ぶことができなかったこともたくさん経験させてもらえた。それ自体には自分でも価値を見出してるし、すごいことだなって思います。でもだからといって、私が異様だったり特別な人間だったり、すごいことした人っていうわけではないんです。普通やし。それをサポートしてくれる家族、友人、またその他大勢の方々がいらっしゃって成り立った。そして、私は手放しに「すごい」と言う人があまり好きではないです。「すごい」と言ったことでそこからは何も生まれないから。「自分には無理だ」って思うんじゃなくて、「私はでもこう思う」、とか「実は私は全然関係ないけどこういうのに興味がありまして、、、」とか、何か好きなことに打ち込んでる人は輝いてるな、素敵だなって思います。そして、私に「お前はまだまだだ」って言ってくれる人が周りにいてくれることに対して本当に心の底から感謝してる。だからか、「あの人はすごいな、自分とは違う、自分には無理だ」でおいとかないで、その人も何かすれば面白いはずなのにって思いますね。

どんな京大生活を送っていますか?

そんな何も、でっかいこと、してないです。でも、興味が出来れば、できるだけやってみようと思うようにしています。1回生の時は、高校の留学のつながりで、日本と中国、香港の高校生を集めて夏休みに日中相互理解の会議をやるっていうのでお手伝いをしたり、また国際法のサークルで模擬裁判の大会に出さしてもらったりしていました。その際には、国内戦に勝ったので、香港の大会に行けることになりましたが、全く太刀打できず、実力の差に愕然としたりしました。プレゼンテーションの奥深さを味わい、自分に対して色々な課題を見つけた時期でもありました。他は大会終わった後に、ネパールに日本の高校の友人と行ったぐらい。留学前の2回生前期はバイトを3つ掛け持ちしていてバイト三昧でした。

今後の展望を聞かせてください。

帰ってきたら毎回思うんですけど、やっぱり日本好きです。海外に出て日本嫌いになる人なんてなかなかいないと思います。やっぱり少なくとも私は日本が心のベースにあるっていうことは強く感じるし、自覚としてより強く持つようになりました。海外に出たら日本人としてみられるし。でもだからといって、日本におけるすべてがいいと思うってことにはならないです。

そういうわけで、今後についてってなると、他の考え方みたいなものと比較衡量して、私はどの立ち位置にいるのかなってのは常に考えるだろうなと思いますし、考えていきたい。日本がこうだからって言ってそれを鵜呑みにすることは絶対したくない。普遍性が存在する場面もあれば、そうでない場面もあるはずだと思います。どんな場面でもおかしいと思えばおかしいって、嫌だってっていいたいです。

「日本じゃないから」を理由に諦めたくない

キャリアっていうことで言うと、私の場合は、前提として海外で働けるのは当たり前(になりたい)みたいのがあるので、その上で、日本でもちゃんと働けるようにはいたいなと思います。逆やろ、って言われるけどそうじゃないと思います。国内なのか、国外なのか、は関係なく、やりがいのある仕事、自分の興味ある仕事がやりたい。日本じゃないから、を理由にして、その素敵な仕事を諦めたくはない。周りの友人が思うほどそんなに海外志向が強いわけではなくて、働く場所について今はこだわりがないだけです。ただ、自分のやりたいと思った仕事を実際にやりたいとなると、さらに、どのような雇用形態でも、どこにいっても大丈夫という状態になるには、個人の力、実力、また専門性があることが前提だなというのは強く感じているので、それをまず身につけなくては、と思っています。

DSC_5219

(聞き手/文責:中薗沙紀)

_______________

岡田悠季(おかだ ゆき)

国際法学研究会 http://kyotokokuhouken.web.fc2.com/
MPI http://mpi-kyoto.jimdo.com/
パリ政治学院 http://www.sciencespo.fr/en
UWC http://uwc-japan.org/
日中青年会議 http://lpcsjyc.org/ja/
赤十字国際人道法模擬裁判大会 http://www.redcross.org.hk/web/moot11/
Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s